ボロボロになりながらも、引退しない松坂大輔の末路 (14)

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松坂は最後の最後でチャンスをもらったが……(出典:福岡ソフトバンクホークスの公式Facebook)

かつて日米を沸かせた怪物伝説も、とうとう終焉(しゅうえん)の危機を迎えてしまった。福岡ソフトバンクスホークスの松坂大輔投手が10月2日、今季レギュラーシーズン最終戦の東北楽天ゴールデンイーグルス戦でマウンドに立った。一昨年のオフにメジャーリーグから8年ぶりとなる国内復帰を果たしたものの不調やコンディション不良が重なり、ここまで一軍昇格は一度もなし。やっと移籍2年目にして最後の最後でチャンスを与えられたが、8回1イニングのみの登板ながらも3安打4四死球5失点と見るも無残な内容に終わった。

 「結果の良し悪しに関わらず1軍で投げられたのは良かった」

 試合後、報道陣に囲まれた右腕はこのように前向きなコメントを残した。しかし、その言葉が本心であったとは到底思えないし、思いたくもない。もし仮に「良かった」と心の底から感じているとしたら、松坂大輔は今すぐにホークスへ引退を申し出るべきである。

 この日の投球はかつて「平成の怪物」と呼ばれた超一流投手のピッチングからかけ離れていたどころか、とてもプロのレベルとは言えないひどい内容だったからだ。だからこそ普通に考えれば本人は「申し訳ない」の言葉のみに終始し、ここまで続けてきた現役生活に諦めがついても何ら不思議はなかった。

 今季は3年契約の2年目で確かに契約はあと1年残されている。それでも自ら来季の年俸を返上してユニホームを脱ぐ道を選べば、まだ格好は付くはず。だが松坂はそういう空気感に逆らうかのごとく「(二軍ホームグラウンドの)筑後に戻って、またがんばる。そして来年に向けてイチから作り直したい」と述べ、現役続行に強い意欲を見せていた。


 引用元:http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1610/05/news102.html
松坂大輔の娘は英語しか話せないはホント?通訳も必要?その理由や弊害を考察。

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・探してみるとそれらしき情報源を発見。

ネットで検索をしてみると、このつぶやきを行った方のソースとも言える記事がありました。

それは、「女性自身」の中で松坂選手の奥さん、柴田倫世さんがインタビューに応えたもの。

タイトルは「柴田倫世、米国子育ての誤算『娘が日本語を話せない』」といったものでした。



たしかにこのタイトルだけを見ると、松坂大輔選手の娘さんは英語しか話せないと誰でも思いますよね。

しかし、記事をよくよく読んでみると、すこし齟齬があることに気がつきました。



簡単に記事の内容を要約しておくと、

長女が二歳のときにボストンへ移住し、その後、長男と次女はアメリカで生まれた。

ボストンでは高い教育が受けられるということで、松坂選手がニューヨークにうつるときも家族はついていかず、ボストンで暮らし続けていた。

離れていても、一日一回はスカイプを使って家族で会話。このときは日本語を使うのがルール。

だが、8歳になる長女は家でも英語で話してしまいがち。このことに柴田倫世さんが悩んでいる。



 引用元:http://onxxword1.com/2016/10/02/%E6%9D%BE%E5%9D%82%E5%A4%A7%E8%BC%94%E3%81%AE%E5%A8%98%E3%81%AF%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E3%81%97%E3%81%8B%E8%A9%B1%E3%81%9B%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AF%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%88%EF%BC%9F%E9%80%9A%E8%A8%B3/
松坂大輔とは(Wikipedia)

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松坂 大輔(まつざか だいすけ、1980年9月13日 - )は、東京都出身[1](出生地は青森県青森市)のプロ野球選手(投手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。

概説
青森県青森市生まれ[2]、東京都江東区育ち。父は北海道稚内市出身で、母は青森県東津軽郡蟹田町(現在の外ヶ浜町)出身。弟・松坂恭平は愛媛マンダリンパイレーツに所属していた元プロ野球選手。妻は元日本テレビアナウンサーの柴田倫世。夫婦の間には2005年12月に誕生した長女と、2008年3月に誕生した長男、2010年3月に誕生した次女がいる。

ソフトバンク時代
12月4日に3年12億円の大型契約で福岡ソフトバンクホークス入団が発表された[146]。新垣渚の移籍によって空き番となった背番号18をつけることとなった。

2015年
3月17日のオープン戦登板後、右肩の筋肉の疲労などで離脱していたが、5月20日のオリックス戦(二軍)で実戦に復帰した[147]。8月18日に内視鏡下による「右肩関節唇及び腱板クリーニング術」「ベネット骨棘切除術」「後方関節包解離術」を受けた[148]。

2016年
10月2日、日本復帰後初の1軍昇格を果たすと[149]、同日、シーズン最終戦となった楽天戦で、2006年10月7日以来約10年ぶりの1軍マウンドに上がった。しかし、1回で被安打3、与四死球4、暴投1の5失点(自責点は2)と炎上し[150]、翌日1軍登録を抹消された[151]。
基本情報
国籍日本の旗 日本
出身地東京都江東区
生年月日1980年9月13日(36歳)
身長
体重
183 cm
93 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り1998年 ドラフト1位
初出場NPB / 1999年4月7日
MLB / 2007年4月5日
最終出場MLB / 2014年9月25日
年俸4億円+出来高(2016年)
※2015年から3年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム日本の旗 日本
五輪2000年2004年
WBC2006年2009年


 引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%9D%82%E5%A4%A7%E8%BC%94



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